2009年11月03日

写真に刻まれた念い



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探し物をしていたら、戸棚の奥から一冊の写真帳が出て来た。


かなり古ぼけた、その写真帳は、

子供の頃、両親が作ってくれたものだった。


すっかり、その存在さえ忘れていたが、

古びた表紙を目にした時、ふと、懐かしくなり

手に取って開いてみる事にした。


写真は誕生の時から小学校入学の頃までのものだった。


子供の頃から写真が苦手だった僕は、

大抵、無表情で強張った顔をして

所在なげに収まっているものが多かったが

その中に、意外な表情で写る数枚の写真が眼に留まった。


そこには、過ぎ去った時の中に置き去りにされた笑顔が

子供の頃過ごした、懐かしい風景とともに写し出されていた。


こんな顔をして笑っていた頃も在ったのか・・・、

と、複雑な思いで、その写真をみながら、

ぼんやりと記憶を巡らせていた。


思えば、何時の頃からだろう?


心から笑う事が少なくなっていったのは・・・。


様々な場面で写される写真の中で、

皆が楽しげな笑顔を振りまく中、

一人、無表情で心此処に在らず、

といった面持ちで居る事が多かった僕は、

益々、写真が嫌いになり、

自分が撮られた物を見る事も失くなっていった。


嫌がる僕を無理に撮ろうした友人に、

本気で怒った事も在った。


彼らにすれば、何故、そこまでむきになるのか、

理解し難い事だっただろうが、

上手に笑えない事は、僕の心に、

大きな劣等感を植え付けていた。


自分自身が被写体になる事を穏便に回避する為に、

率先して撮影する側に廻る事にした。


誰よりも先に写真機を取り出し、

皆の笑顔を引き出し、

場を盛り上げる演出を心掛けた。


おかげで、その場に居る殆どの人間が気付く事はなかった。

撮影された写真の何処にも僕が存在しない事に。


しかし、特別な思い入れの無かった撮影という行為は、

僕の心に意外な副産物を生んだ。


出来上がった写真の中に封じ込められた

屈託の無い笑顔の数々を眺めているうちに、

被写体として写る彼らと同時に、

その中には存在していないはずの

自分自身が投影されている事に気付かされた。


そこに写されたのは被写体に向けられた

自分自身の念いのような気がして来たのだ。


被写体に対する思い入れが強ければ強いほど

自身の念いも色濃く反映されるのではないか?


彼らが、何時の日か、此の写真を懐かしく眼にする時、

彼らと同時に其処に刻み込まれた

僕の念いを感じ取ってくれるだろうか・・・?




そんな事を考えていたら、ふと、思い当たった。


此の写真を撮ってくれた人たち、

おそらくは両親や祖父母、親戚の人たちなのだろうが、

彼らも、そんな念いを持って撮影してくれたのだろうか?


その答えが、きっと、写真の中の笑顔なのだろう。


古ぼけた一冊の写真帳は、

遠い過去に置き去りにされたままの僕の笑顔とともに、

懐かしい人たちと過ごした時間の記憶を連れて来てくれた。




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posted by 吟遊奇人 at 00:00 | 記憶の扉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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