2009年10月25日

感謝



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感謝。


何時の頃からだろうか?

この言葉が歌詞などの中でも頻繁に使わるようになったのは。


他人から受ける思いやりの或る行為に対して

「ありがとうございます。」という

感謝の気持ちを言葉にするのは至極、当然で

人としての礼儀でもあり挨拶のようなものだ。


しかし、それは日常の身の回りに或る

些細な事に対するものであって、

感謝するなどと云う大袈裟なものではない。


では、心からの感謝とはどういうものなのだろうか?


人は、元々持っている物や

当たり前に日常に存在する物に対して

特別に感謝の気持ちを持ったりはしない。


気が付いた時には身近な物であって

今、そこに存在するまでの経緯も

その物自体の価値も知らなければ

当然の事なのかも知れない。


健康な肉体、両親の愛情、自然の恵み、

衣食住に関する事やその他諸々・・・。


自分に与えられたものに感謝するどころか

他人を羨み嫉妬する事さえある。


何故か?


それは、自らに与えられた恵みの尊さに

気付いていないからに他ならない。


それでは、どうすれば、その事に気付けるのか?


乱暴な言い方をすれば、

手っ取り早いのは、失うという経験をする事だろう。


大方の人間は、失う事に因って

始めてその物の存在価値に気付かされる。


全てを失い、失意の底に跪く時、

自分を支えてくれた多くの力の存在に気付き

その尊さを知る事になる。


後悔し、一度失った物を取り戻そうと努力しても

多くの困難に阻まれる事になるだろう。


しかし、その困難を乗り越えて、失った物を再び手にした時、

心からの感謝を知る事になる。


それでは、人は失う事の体験無くしては

真の感謝を知る術は無いのだろうか?


否。


人には想像力という偉大な力が備わっている。


誰しもが持つこの力を以て注意深く回りを見渡せば

あらゆる物事のひとつひとつが大きな意味を持ち

如何に、自分を生かす為に惜しみない愛を注いでくれているのかを

発見する事になるだろう。


それを知る事に因って、他人の傷みを分かり

自分に与えられた恵みを他人と分かち合い

更に、大きな恵みを受け取る事になるのだろう。


今、自分に与えられた恵みは全て借り物であって

他者と分け合う事によって

その量を減らしたり失われたりする物ではなく

むしろ、そうする事によって

無限の愛の力を呼び込む事が出来るのかも知れない。




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posted by 吟遊奇人 at 00:00 | Comment(0) | 言葉の扉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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