2009年09月23日

心のカタチ



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人の心と云う物は、実に弱い。


ほんの些細なことで傷付き、

いとも容易く折れ曲がってしまう。


まるで、細い針金のように。


一度、折れ曲がってしまった針金は

如何に慎重に真っ直ぐにしようと試みても

再び元の状態に戻る事は無い。


下手に弄くり回せば

更に、複雑に折れ曲がるか

最悪の場合、ポッキリと折れてしまう。


再び同じような状況下に置かれた時

端から折れ曲がった心は

全てを諦めた否定的な思考に囚われてしまいがちだ。


だったら、折れた部分を真っ直ぐにしよう、

などという試みは止めにして

もう一度、先端を上に向ける為に

自分自身で折り曲げてしまえばどうだろうか。

とは言え、そう簡単に巧く行くものではない。


心無い他人の手に依って

いとも容易く折れ曲がってしまったはずの針金だが

自分の意志で曲げようとするのは至難の業だ。


力を入れ過ぎて有らぬ方向を向いてしまう事もしばしば。


やっとの思いで、どうにか巧く出来たと思ったのも束の間

またしても傷付き,項垂れる。


自分の余りの不甲斐なさに更に落ち込む。


それでも、再び気を取り直してやってみる。


何度も、何度も。


直しても直しても

すぐに些細な事で折れ曲がってしまう

自分の弱さを恨めしく、情けなく思いながら。


繰り返し、繰り返し

半ば、諦めながら

諦めきれない自分自身と格闘する。


不器用な手付きで

指先を傷だらけにしながら。


やがて、最初は真っ直ぐだった針金は複雑に折れ曲がり

次第に空間図形を描き始める。


それは、お世辞にも美しいとは云えない

奇妙で滑稽で

しかし、何処か味わい深く

愛おしさを感じさせるカタチだ。


そして、この不格好で

それでもなお、

いや、それだからこそ余計に愛しい

出来損ないの針金細工を眺めながら

ふと、思い至った。


この為に、心は強固な鉄骨ではなく

か細い針金で出来ているのではないのだろうか!?


だとすれば、心というものは弱いのではなく

柔軟であると云う事なのではないのだろうか!?


自らの意思で、自分らしいカタチを

試行錯誤しながら創造する為に。


そんな事を考えながら

今日も、あれこれと悩みつつ

奇妙な針金細工と格闘している。


最も自分らしい心のカタチを創る為に。




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posted by 吟遊奇人 at 00:00 | Comment(0) | 心の扉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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