2009年08月23日

信じる勇気



訪問ありがとうございます。
    ↓
人気Blogランキングへ



先日、『信じる力 2』と題した記事を削除した。


僅か三行の短い記事だが

書いた内容が自身の現状に則していない気がしたからだ。


僕は基本的に誰も信じない。


こんな事を書くと

「じゃあ、この前の記事は何だったの?」

と思う人がいるかも知れないが

唯、単に人を信じないというのとは少し意味が違う。


それでは、どんな意味なのか?

人を信じるという行為には大きな危険が付き物だ。


いくら、その人を信じ抜こうと心に決め

覚悟をしていても

いざ、相手の言動に

自分の覚悟を揺るがす不安を感じた時

それでも信念を貫き通せるのか?


自らが傷付き、血を流しながらも

全てを投げ出し逃走したくなる

自分を押し留まらせる事が出来るのか?


それを成し遂げるには

相当な意志の強さと勇気が必要とされるだろう。


僕自身、他人の嘘に幾度も傷付き

そして、自分も多くの人の心を踏みにじった。


信じられなくて当然だ。


人は保身の為に嘘や裏切りを繰り返す。


その事が身に染みた人間にとって

他人を信じる事は容易ではない。


しかし、それと同時に

人は「誰かを信じたい」という思い

「信じられる誰かが欲しい」という思いを

心に抱いている事も事実だ。


では、どうしたら良いのか?


誰かを信じたいという思いと

誰にも傷つけられたくないという思い。


この二つの相反する感情に

どう折り合いを付ければ良いのか?


そこで、僕は人を信じる事を止めた。

そして、その代わり人を疑う事も止めた。


唯、純粋に事実だけを認識し

根拠の希薄な情報は極力除外し

その人物に対して正しい評価をする事だけを

心掛けるように決めたのだ。


先入観や憶測を排除し

無意味な感情移入も避ける。


『信じるの』ではなく

『知る』という事に専念した。


そうする事で、いい加減な人に振り回される事を回避し

むやみに他人を疑うという愚かしい行為からも

解放されたような気がする。


だが、それは他人との距離をとり

決して心を許さないという事にもなるのだろう。


そして、やはり、心の底では

無条件に信じられる誰か、

この言葉を伝えられる誰かとの出会いを

今日も求め、探し続けている・・・。


あなたは絶対に私を裏切る事は出来ない。

 何故なら、私は、あなたを信じる事を

 絶対にあきらめないから!




最後まで読んで頂いてありがとうございます。
    ↓
人気Blogランキングへ


心の扉〜魔法の鍵 TOPページへ


【言葉の扉の最新記事】
posted by 吟遊奇人 at 00:00 | Comment(2) | 言葉の扉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。
詩的な表現をされるんですね。
何となく私の思ってることが書かれてる気が
しました。信じるって難しいと思います。
私は心に壁があるらしいですから。本人には自覚はありませんが、人と距離をとって付き合ってる所があるのでそのせいかも。
また寄らせていただきます。
Posted by わんこ at 2009年08月23日 21:41
こんにちは。

信念を持って他人を愛することはなかなかできませんね。誠心誠意、誠実に自分の心と向かい合う訓練をしていますが、難題に対応する瞬間が(選択肢)あっというまに過ぎ去ってしまいます。

まだまだです・・・

ぽち!
Posted by たかたか at 2009年08月24日 10:29
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。